ペンテコステの聖霊事件は、即座に教会の生活の中で具体的なすがた・かたちを取りました。福音が実際に四重に体現された、具体的なかたちをとったという出来事です。教会の共に生きる新しい生活のなかで四つのことが実践され始めたのです。42節、「彼らは使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」とあるとおりです。
第一に、彼らは「使徒の教え」に熱心であった。教会は、神がはじめに使徒たちに託された福音の宣教によって召し出されたものです。ですから本来的に「使徒的」である、使徒的な宣教の上に建てられたものだと言うことができるでしょう。福音の宣教、使徒的な宣教と言いましたが、かつて、教会がなすべきは使徒的な「教え」なのか、それとも使徒的な「宣教」なのか
― ディダケーか、ケリュグマか ― という教えと宣教をきっぱり区別することが流行したことがありました。信濃町教会の歴史を振り返っても、「既に知っていることを教える、いわば待って教えるのか」、それとも「出て行く宣教なのか」ということが議論された時期がありました。確かにルカ福音書や使徒言行録からは、教会内の日々の生活の中で語られることと、教会の外に向かって語られることを区別する姿勢が見えてくるのですが、しかし、そのいずれも、教会とは何か、教会が果たすべきことは何かについて教え、その教えをしっかり保持するという、教会の使命に忠実であり続けることに変わりはないと言えるでしょう。
第二は、教会は交わりの中にあった。神の霊は教会の中に交わりを生み出した、というのです。ある人は、ここにペンテコステの奇跡の本当の意味があるのだと言います。「天下のあらゆる国から帰ってきた」多様な人々の群れから、信者としての統一された一つの体が形成されるという出来事が起こったというのです。「交わり」とは、「共にあずかる」「共通の」というのが元々の意味です。ですから、人間の兄弟姉妹愛、とりわけ教会の中の共にキリストの体に与っている者同士の暖かい心で共感しあうということをもちろん含みます。しかし単にそれだけではなく、聖書はそれを、43節にあるように「不思議な業としるし」を生み出す交わりである、と記していることに注目しなければなりません。このことは、後でもう少し詳しく触れます。
第三に、教会は「パンを裂くこと」に従事します。食卓の交わりに集まることは、新しい共同体における霊の働きの具体的な、目に見える現れだというのです。私たちは、主イエスが「彼らと共に食事の席につかれた」とルカが記している時のすべての場面に注目してみる必要があります。食卓での交わりは、何とお互い同士啓発し合い鼓舞し合う刺激的で豊かな時であったことでしょうか。イエスは彼と共に食卓についた人々のゆえに非難されました。「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と。しかしイエスは彼と共に食卓につく人々を全く分け隔てしませんでした。ですから教会の食卓の交わりとは、これまでこれに与る人々を苦しめていた社会的な障壁が打ち破られたという目に見えるしるしであり、一致と連帯と相互愛の現れなのです。教会とは、少なくとも、今もこれからも、共に食べることをその本質にもつ共同体なのです。
四番目に、教会は祈りを捧げます。教会は祈りなくしてありえません。祈らない教会は呼吸をしない人間と同じです。イエスは「だから、あなたがたはこう祈りなさい」と弟子たちに言われました。それは命令とか指示とかいうよりは、むしろ豊かな招きです。喜びへの招待、広い「人知ではとうてい計り知ることのできない」平和の世界への招待なのです。私たちが「天にいますわれらの父よ」と祈るとき、自分の狭い心、かたくなな思いを芯にして回転していた貧しいちっぽけな世界が、開けるのです。大きな可能性に向かって。愛する兄弟姉妹のために祈り、自分のために祈り、まだ会ったことのない人々のために祈り、為政者のために祈り、迫害されている人たちのために、苦難の中におかれている人のために祈る。祈りはまさに魂の呼吸なのです。
*
以上の「使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ること」に専念するために私たちは招かれているという四二節の要約は、ペンテコステの出来事の結びを形成していますが、同時に、教会生活を要約している次の新しい段落へのプロローグともなっています。
さて「財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った」という記述は、著者であるルカが抱いていたギリシア世界にあったコンミューン(自治的な共同社会)願望の反映として考えるべきではないでしょう。
ルカ福音書におけるイエスの宣教の出発点はナザレの会堂で読んだイザヤの預言です。「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである」。それゆえ福音を受け取る優先権を有するのは貧しい人です。それとちょうど対になるかたちで、ルカ福音書には「富んでいるあなたがたは不幸である」「今満腹している人々、あなたがたは不幸である」という富んでいる者に対する不幸の宣言がなされています。同じくルカだけにある「金持ちとラザロのたとえ」では、陰府から助けを求める「金持ち」のことを、「お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ」とアブラハムは突き放されます。このようにルカは、主イエスが告げた富む者への裁きを誰よりも深刻に受けとめ、貧しい者の解放・救いということを福音の中核と捉えていました。ここに描かれている「財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った」という生まれたばかりのキリスト者共同体の姿は、「悔い改めよ」という命令への応答です。罪からの解放ということの実りです。神の国到来の強力な証しです。
大阪の釜ヶ崎で福音を宣べ伝えてきた本田哲朗神父に『小さくされた者の側に立つ神』という本がありますが、「悔い改め」(メタノイア)の意味がこう解き明かされています。
メタは「越える」とか「移す」を意味する前置詞。ノイアは、ものごとを考えるときの「筋道」、判断するときの「視点・立場」のこと。ですから、「悔い改めなさい」とは、あなたが考えたり判断するときの視点、立場を移しなさい、ということです。どこへ視点、視座を移すのでしょうか。わたしたちの「道」であるキリストが置かれた視点まで低くするのです。「神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分となられた」キリストに倣って、視点を、社会でもっとも弱い立場に置かれている人々のところに移すことです。
だとすれば、ある者たちに有り余る財産があり、ある者たちは明日の朝の糧にも事欠いているという関係の中に入れられたとき、貧富の差があるのを全く当然の、所与のことだと済ませてしまわなかったこと。持てる者たちが財産を処分してそれを全体の必要のもとにおいたこと。すなわち持てる者たちが持たざる者たちと同じ地平に立って共に生き始めたこと。そのことが生まれたばかりのキリスト者共同体において、まさに悔い改め、メタノイアの現実化として起こったのではないでしょうか。
この「財を共有する」というのは、ルカが聖書的には馴染のないヘレニズムに由来する「すべてを共有する」という慣用的な言葉をもって、キリスト教の教団生活の理想形として設定したものだ、という見解があります。
しかし「財の共有」はルカにとって追い求められるべき理念でも理想でもありません。ルカにとって神の国は現実の世界なのです。如何なる類のものであれ、社会的不平等、とりわけ経済的不平等が良きことを育むことは決してない。不平等が根強く残っている限り、共同体の永続する一致を成し遂げることは不可能である。ルカが誰にでも開かれている神の救いを、神の救いの包含性をかくも強く熱心に求めてきた所以は、ここにあるのだ、と言えるのではないでしょうか。
もちろん、世界大の問題として、多くの人の命を危険にさらしている地球規模の経済的不平等、経済的不正義の問題があることを私たちは承知しています。最も富裕な1パーセントの人々の年収総額は、最も貧しい60パーセントの人々の年収総額とほぼ同額である。毎日2万5千人の人たちが貧困と栄養不良のゆえに死んでいく現実。
しかし今朝、私たちは使徒言行録をとおして、使徒言行録の証言する新しい共同体が、信徒たちの経済状況や暮らしぶりのことに深く関わっていたことを知りました。そして、たとえ不完全ではあっても、なんとか彼らなりの仕方をもって、心を一つにし、持ち物を分け合い、一緒に食事をする道を求めていたことを知りました。
*
この6月で私たち信濃町教会は、教会創立以来91年を経ました。この間教会に注がれた神の限りない恵みと慈しみを思い、ただ感謝あるのみです。そして今朝の聖書から示された一番最初の教会が共に生きる生活のなかで実践し始めた四つのこと、すなわち「使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ること」
― 私たちの教会もこの四つのことに熱心な教会として立たされたい、と願います。
信濃町教会の創立者・高倉牧師は、『教会の本質』という晩年の著作の中で言います。
「聖徒の交わりとしての教会はペンテコステの日において明確に誕生した。私たちが信仰においてキリストの中にあるとは、同時にキリストの体たる教会の交わりの中にあるということである。キリストにありながら、キリストにおける信者の交わりに具体的に生きないことは矛盾である。キリスト者であることは同時に聖徒の交わりの中に生きることである」。
この高倉牧師の衣鉢を継いで生かされたいと願うものです。
(2015年6月7日 教会創立記念礼拝)
|