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時は士師時代。ナオミとその夫エリメレクと息子達はベツレヘムに住んでいたが、飢饉がおとずれたので、隣国モアブに移住した。10年が経過した。その間に、ナオミの夫エリメレクは亡くなり、2人の息子は成人して妻を娶った。ところが息子達も若くして相次いで亡くなり、ナオミのもとには嫁のオルパとルツだけが残った。そうした時にナオミは、郷里のベツレヘムにおいて既に食糧事情が改善されているとの情報を耳にした。そこで彼女は、イスラエルに帰ろう、と思い立った。そして2人の嫁を連れて帰りかけたのであるが、ふと立ち止まって考えた。2人の嫁はモアブに残していった方が彼女達にとって幸せではないだろうかと。ナオミは決心して2人の嫁に言った。「あなたたちは自分の母の家に帰りなさい」と。その際にナオミは嫁たちに再婚の機会もありうるということについて触れている。モアブにいたらあなたたちは再婚の機会もあるであろうが、私と一緒にイスラエルに行ってしまったら再婚の機会は殆どなくなる、ということを示唆している。ナオミの心は2人の嫁の幸せを心から願っていたことが分かる。しかしオルパもルツも、泣きながらあくまでも同行する意志を表明した。それを聞いてナオミは内心嬉しかったであろうが、しかし一旦嫁たちの為に良いと思って決断して言い出したからには、簡単に折れる訳にはいかなかった。さらに強い口調で、このことを言えばさすがに帰ってもらえるだろうと思って言った言葉が、「あなたたちが私と一緒について来ることは、わたしにとって苦痛なのです」という言葉であった。そこで2人の嫁の反応が分かれた。オルパは、泣きながらも、最早自ら身を引くしかないと考え、別れの口付けをして去って行った。しかしながら、ルツは、それでもなおナオミから離れなかった。このルツの姑を思う気持ちの中には単なるヒューマニズムに留まらない神信仰があったということを認める聖書学者がある。私も同様の見解である。ルツは、「私は離れません、あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です」と言っているからである。それは、最早ヤハウェから離れて異教の地モアブに帰ることは出来ないという意味にとれる。つまり家族伝道が実を結んでいたのである。家族伝道とはとても難しいが、ナオミの日常の姿を見て、義理の娘であるルツは信仰に導かれ、あなたの神は私の神ですと言うに至り、そのことが彼女のイスラエル行きへの強い意志を決定的にした。オルパもルツもよい嫁であり、ナオミ思いであったが、そういうわけで2人の人生は分かれた。 さて、ナオミとルツはナオミの郷里、ベツレヘムに到着した。古い知人はナオミを見つけて挨拶の声をかけて来る。その際ナオミは、こう言った。どうか私を「ナオミ」と呼ばないでください、「ナオミ」とは「快い」という意味であるから、そうは呼ばずに、代わりに私を「マラ」(苦い)と呼んでください、と言った。何故なら私は、最早「快い」状態ではないのだから。私は神様に打たれて大変不幸になってしまったのだから、というのであった。その言葉には神様に対する恨みにも似た思いが込められている。彼女は神様が自分の夫も子供たちも早死させ、私をやもめにされたために、私は本当に不幸な人間になってしまった、と嘆いており、神様のこともこの時は信じることが困難になっていたようである。 ところで、収穫期が終わると落穂拾いは出来なくなる。その意味で落穂拾いは一年中安定した生活を保障するものではなかったわけであるが、しかしながら神は、ナオミとルツに、大麦の収穫が終わって落穂拾いが出来なくなった後のことも配慮して下さった。すなわちそれは、ボアズとルツの結婚という道への導きであった。当時イスラエルには、ゴーエールと呼ばれる一つの習慣があった。それは、やもめになってしまった人やその家族の持ち物を、近親者が買い取り、自分の一族に組み入れることができる、という規則で、近親者にのみその権利が与えられていた。実はナオミはボアズのルツに対する好意を察し、ルツにボアズへの求婚を勧めていたのだが、それが実行されると、ボアズの方からゴーエールの提案がなされた。彼はゴーエールの第二位の権利者であったが、第一位の権利者がゴーエールをする意思のないことを確認した後に、ナオミの土地と共に嫁であるルツも買い取ったのであった。買い取るとは結婚するということである。かくしてボアズはルツを嫁に迎えたということである。以上がルツ記の内容である。 この物語はいろいろな角度からの読み方が出来ると思うが、私は、これは心の癒しの物語だと思っている。ナオミとルツがモアブの地からイスラエルに帰還した時のナオミの言葉を思い出してみよう。「どうか私をナオミ(快い)と呼ばないで、私をマラ(苦い)と呼んでください」と言っていた。その時彼女の心は傷だらけだったのだ。それが温かいボアズの心に触れてだんだん心が癒されていったのである。そのような心の傷の癒しが語られている物語がこのルツ記である。 人生というものは、一寸先に何があるかわからない。人生の半ばにして考えられない試練が来たり、なんとか静かな老後を迎えられそうだと思っていたその時に、大きな試練が降りかかってくる場合もある。しかし、運命が行き詰まりに見えても、我々はそのときキリストの手足として用いられている器との出会いを経験する。今日の箇所では、神は一人の信仰者ボアズをご自身の手足として用いてナオミの心の傷を癒されたが、それは神様がしばしば使われる方法なのである。 私は、ドイツから帰ってくる時、思い起こしたのがこのルツ記であった。ナオミの「どうか私をマラ(苦い)と呼んでください」という言葉は私の思いそのものでもあった。私も子供を亡くして帰国したからである。しかしながら、そんな私をいろいろな人がボアズになって声かけして下さり励まして下さった。ドイツにいたときも多くの方々に励まされたが、極めつけは、信濃町教会に就任して以来の今日までの、皆さん一人ひとりからの温かい言葉であり、傷でいっぱいであった心は完全に癒された。もちろんその背後には神様がおられるだろう。そして神様の器とされたお一人おひとりの方々の温かい言葉には本当に癒しの力があった。感謝である。 人の悲しみは、どんなに辛くてもそこを通って、通り抜けて、行かなければならないものである。悲しい現実を否定するのでなく、恨み辛みを言うのでもなく、そこを乗り越えていくより他はない。その時に必要なものが心の癒しである。ボアズは、懐の深い、大変親切な人であったが、まさに信仰に基づいた親切を持った人であった。我々もボアズのように生きることが出来ればと思う。 個人的なことを言い過ぎたが、いま東日本大震災の被災地に於いては、心に傷を負い悲しみを背負った方々が大勢おられる。その方々のことを思う。我々はどうかボアズのように、被災地の方々のために、愛の神の手足となり親切と思いやりをもって生きるものとせられたい。
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(2012年4月29日礼拝説教) | ||||
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